濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。
新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われて丸3年が経過した。2023年に入って再び新規感染者数が過去最多を記録するなど、まだまだ収束が見通せない。加えて世界経済は分断を深め、先行き不透明な状態が続く。日本国内では物価高に加え、人手不足も大きな課題だ。これらを乗り越え、デジタル化や脱炭素などの大きな潮流に対応していくことが求められている。
同時に働き手の力を最大限に発揮させることが欠かせない。今後、経済活動が回復軌道に向かうなかで、日本型雇用の見直し、シニア層の雇用促進、外国人労働者の受け入れ拡大、フリーランスの保護など、これまで働き方改革の文脈で語られてきたテーマが再び活発に議論されていくことになりそうだ。
2023年の雇用・労働の動向を、キーワード別に専門家に語っていただいた。
2018年に成立した働き方改革関連法の中核に位置づけられたのが「長時間労働是正」だった。改正労働基準法によって残業時間の上限規制が盛り込まれ、「原則月45時間・年360時間」とされた。大企業は2019年4月、中小企業は20年4月にすでに適用されている。
これとは別に、2023年4月から中小企業の月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率が50%に引き上げられる。2010年の労働基準法改正により、大企業は50%、中小企業は猶予措置として25%とされてきたが、働き方改革関連法によりこの猶予措置が終了する。
「法整備が進んだことで、長時間労働は基本的には是正の方向に向かっています。明らかな法律違反をするようなケースは少なく、どの企業も残業削減のためにさまざまな工夫をしているのだと思います」(濱口氏)
一方で、コロナ禍を経て新たな問題が浮上していると濱口氏はいう。1つはテレワーク環境での労働時間管理だ。
「テレワークやオンライン会議が当たり前になり、通勤だけでなく、取引先への訪問や出張なども含めた人の移動が変わりました。拘束時間を短くすることには大きく貢献したはずですが、労働と生活がシームレスになり、どこまでが労働時間なのかが本人でも把握しにくくなりました。その結果、気づかないうちに長時間労働をしている可能性があります。今後は、労働時間規制のあり方そのものを再考する必要があるかもしれません」(濱口氏)
もう1つの問題は、残業規制が管理職の負担増につながっている可能性があることだ。管理職は管理監督者であることから労働時間をある程度本人の裁量で決められる面があり、労働基準法の労働時間規定が適用されてこなかった。そのため、管理職の労働時間は長くなりがちで、以前から問題視されてきた。そこで、働き方改革の一環として、2019年4月に労働安全衛生法が改正され、一般の社員と同様に管理職の労働時間についても企業側が把握することが義務づけられた。
しかし、「テレワーク環境が普及したことで、管理職の労働時間の把握も難しくなり、この規定が形骸化してしまっている恐れがあります。残業規制のしわ寄せが管理職に及んでいないか、企業は留意してほしいですし、政府の政策的な対応も検討すべきだと思います」(濱口氏)
濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。