濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。
新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われて丸3年が経過した。2023年に入って再び新規感染者数が過去最多を記録するなど、まだまだ収束が見通せない。加えて世界経済は分断を深め、先行き不透明な状態が続く。日本国内では物価高に加え、人手不足も大きな課題だ。これらを乗り越え、デジタル化や脱炭素などの大きな潮流に対応していくことが求められている。
同時に働き手の力を最大限に発揮させることが欠かせない。今後、経済活動が回復軌道に向かうなかで、日本型雇用の見直し、シニア層の雇用促進、外国人労働者の受け入れ拡大、フリーランスの保護など、これまで働き方改革の文脈で語られてきたテーマが再び活発に議論されていくことになりそうだ。
2023年の雇用・労働の動向を、キーワード別に専門家に語っていただいた。
職務(ジョブ)をあらかじめ規定するジョブ型雇用を導入する日本企業が増えている。日本のこれまでの雇用形態が、経営環境の変化に対応しきれなくなっていることが背景にある。特にAI人財・DX人財など専門性の高い人財は獲得競争が激化しており、既存の給与・昇給の枠組みでは優秀な人財を採用するのが難しくなっている。そこで職務を明確化し、評価や報酬をほかの社員とは別の枠組みにして、ジョブ型雇用を取り入れる企業は多い。
濱口氏は以前から、「ジョブ型雇用への安易な期待はするべきでない」と指摘してきた。上記のような一国二制度型でのジョブ型導入についても考慮が必要だと同氏は話す。
「子会社を設立するなど、部分的にジョブ型雇用を導入する方法は、専門人財を獲得する方法としては有効ですが、雇用形態自体を見直したいと考えるのであれば、十分とはいえません。一国二制度のように切り分けるのではなく、同じ会社のなかで、既存のメンバーシップ型雇用とジョブ型雇用をどう両立させるかを真剣に考えていくべきです」
現在の日本的雇用の大きな課題は、年功序列で昇給を重ねることで、中高年社員の賃金が業績への貢献度に比して肥大化してしまっていることだ。一様に昇進・昇給を目指すのではなく、一定年齢以上の社員にジョブ型雇用を導入して、特定の専門職として働く道を選べるようにする方法が考えられる。これにより業績貢献度と賃金水準の過度なギャップが解消される。定年後に再雇用する際も、それまでの職務内容を同じ賃金水準で続けやすくなる。
「メンバーシップ型が定着してきた日本で、入口から出口まですべてをジョブ型雇用に切り替えるのは難しい話であり、実際にはメンバーシップ型を前提としたうえで、ジョブ型の賃金体系を機能させていくことになるでしょう。これは古いOSに新しいアプリを稼働させるようなもので、簡単ではありませんが、欧米のジョブ型とは異なる新しい日本型の雇用スタイルの構築に向けて取り組んでいくべきものだろうと思います」(濱口氏)
山田久氏も「ジョブ型とメンバーシップ型を上手にミックスさせていくことが重要」と話す。
「米国のようにジョブが厳格に規定されていると、『その仕事だけをやればいい』というマインドになりやすい面があります。その点、メンバーシップ型で培われた日本では、社員が新たな仕事に取り組むことに抵抗感が少ない。変化の時代では、既存の枠組みにこだわらず、発想を広げていく必要がありますから、強みがより発揮できるかもしれません。実際、米国企業でも硬直的なジョブのあり方を見直す例が増えています。欧米の真似をすればいいということではなく、日本の最適な働き方を模索していくことが大切だと考えます」(山田氏)
濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。
山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版社)など多数。